堂上蜂屋柿(どうじょうはちやがき)は、美濃加茂市蜂屋町原産の渋柿。堂上蜂屋柿の干し柿は、古くより高位高官の人々に賞味された絶品で‘堂上’という名が与えられた。朝廷(天皇)や将軍(源頼朝、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康)に献上されたとも言われる。やや角張った形をし、1個230グラム前後の大きな果実で、 成熟すると甘くもっちりとした食感に。果肉は緻密で、種子、水分ともに少ない干し柿専用品種。収穫時期は11月で、収穫してから、干し柿ができあがるまで40日ほどかかる。美濃加茂市の庭先では、冬になるとたくさんの堂上蜂屋柿が干されており、その風景は冬の風物詩にもなっている。
旬 12月 1月
「堂上蜂屋柿」は、岐阜県美濃加茂市で生産されている、品種「堂上蜂屋」の渋柿を使用した干し柿です。この柿は四角く、先端がやや尖っており、糖度は18%で、強い甘みが特徴です。
干し柿は非常に大きく、飴色の果肉ととろりとした食感、そして適度な甘みがあり、特に贈答品として高く評価されています。
生産者は「堂上蜂屋」の木を生産地内で保存し、その穂木から苗木を育てます。これらの木から収穫される「堂上蜂屋」が、干し柿の素材となります。原料柿の生産では、摘果による着果制限を行い、250g以上の大きな果実を生産するよう心掛けています。
収穫後、「堂上蜂屋」の四角い形状を活かすため、手作業で皮をむき、硫黄燻蒸し、かげ干しや天日干しによって乾燥させます。乾燥中には、果肉内の水分が残らないように柿を整形し、手もみを行います。最後の仕上げでは、稲わらで作ったほうき(ニオボウキ)で柿の表面を優しく掃くことで、上品な白い粉(糖分)をまとった「堂上蜂屋柿」が完成します。
美濃加茂市は一年を通じて温暖で晴天が多く、適度な降雨があり、柿の栽培に最適な気候です。夜間の低温は呼吸や蒸散を制御し、高い糖度の柿を育てます。冬の乾燥期間は晴天が続き、朝晩の冷え込みが強いため、製品は美しい飴色に仕上がり、柿が急激に乾燥することで内部に水分が残りません。さらに、手もみやニオボウキでの仕上げは、地域の伝統技術として根付いています。
これらの要因から、「堂上蜂屋柿」の特長は、地域の気候と伝統的な技術によって形成されています。「堂上蜂屋柿」は千年以上前から朝廷や幕府への献上品とされており、現在でも美濃加茂市の高級特産品として、年間43,000個以上が出荷されています。また、1900年のパリ万国博覧会では銀杯、1904年のセントルイス万博では金杯を受賞し、2015年のミラノ万博にも出展し、国内外で高い評価を得ています。
1978年には「堂上蜂屋柿振興会」が設立され、生産者の増加を促進するための教育活動や品質向上の研修、販路の拡大に取り組んでいます。2015年にはミラノ万博にも「堂上蜂屋柿」を出展しました。
干し柿は渋柿の皮をむいてひもで吊るして風通しの良い場所で乾燥させることで作られます。日本では平安時代の中期にはすでに祭礼用の菓子として干し柿が作られていたとされています。渋柿は糖分のほかに強い渋味の可溶性のタンニンを含み、乾燥によってタンニンが不溶性に変化することで、食べられるようになります。